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亡くなったペットへの追従供養

 

 

 


私が子供の頃に飼っていた豆柴犬のお話です。



小学2年の終わり頃に、おじいちゃんから、豆柴犬を買ってもらいました。
血統書付の豆柴犬で、正式名は『紅姫』

生後3カ月ぐらいでしたでしょうか、近所のペットショップに何度も通って、
「私がお世話をする。」という約束で、飼うことになったのです。

目は黒目で丸く、クリっとしていて、
気持ちタレ目で、とても可愛いらしい顔立ちでした。

名前はチャリーと名付けました。
色が茶色で、私の名前のLinaのリを付けて、チャリーでした。

はじめのうちは、おじいちゃんに教えてもらいながら、
お散歩の仕方だったり、餌のやり方だったり、ウンチの片付けだったり、少しづつ犬のことを覚えていきました。

そして、私も中学年ほどになると、一人でお散歩ができるようになります。
毎日、私がお散歩に連れていきました。

小学6年までは、毎日私がお散歩に連れていったのですが、
中学生になってからは、部活で帰りが遅くなり、たまに早く帰ってきても、普段部活で遊べないものだから、友達と遊ぶ約束を入れたりで、
私は、だんだん犬のお散歩をしなくなっていきました。

私が行かない変わりに、母が行ったり、あるいは、母が営んでいる会社の事務員さんが、代わりにお散歩に連れて行くようになりました。

中学2年になってくると、私は受験勉強に精を出すようになり、帰宅後は、食事と睡眠以外は、もっぱら勉強時間に費やすようになりました。
ますます、チャリーへの愛情が薄れていったのです。

「あぁ、お散歩に連れて行かなくちゃいけないな..」と思っていても、なんだか身体が怠けて、動かないのです..


そして、私は大学に行くため、実家から出る日を迎えます。
この時、私はチャリーの存在をすっかり忘れてしまったように覚えています。

大学生活がはじまり、久しぶりに実家に帰省すると、チャリーの姿がありません。

母に、「あれ?チャリーは?」と聞いたら、

「お母さんも忙しくて、散歩が大変になってきたから、従兄弟のおばさんのとこで飼ってもらってるのよ。」

それまで、全く世話をしていなかった私にとって、何も突っ込めませんでした。
でも、なんだか寂しく感じました。

そこで、いとこのおばさんの家に行って、チャリーに会いに行けば良かったのですが、
車がないと行けない遠方の市外におばさん家はあったので、行きたくても、行かずのまま。

それから数年経ち、私は大学を卒業することになります。
実家に帰りました。

その時、チャリーの歳も14歳と、すっかりおばあちゃんです。
まだ、おばさんの家で元気にしてると聞いて、チャリーに会いに行ってみました。

何年ぶりのチャリーとの再会です。
私は会いたかったです。

そして、子供の頃、私の帰りを待ちわびて、うれションまでしていたチャリーの記憶があるため、

「久しぶりの再開に、チャリーは喜んでくれるだろうか?それとも、忘れてしまってるだろうか?」と、どっちになっても覚悟をしながら、チャリーのいる犬小屋の方に向かいました。

チャリーがいました。
でも、もう、目線がうつろで、老犬になり、ボケてしまったようです。

「チャリー」って呼んでも、こちらを向きません。
なので、私の方から、手を差し伸べてみました。
手の匂いを嗅ぎに来てくれました。
でも、私とは、思い出してくれないようでした。

涙が出ました。

その時の私の気持ちは、

「途中から、お世話をしなくなって、本当にごめんね。」という悔やみの気持ち。

ここでまたチャリーを連れて帰ると言っても、今となっての自分に引き取る権利は無い、と思いました。

なぜなら、おばさん家には、お友達の犬が他にも2匹もいましたから、きっとここの方が楽しいんじゃないかって。

たぶん「これが最後だね..」と、チャリーの頭を撫でで、お別れをしました。

そして、数カ月後、チャリーが家からいなくなったと、おばさんから連絡がありました。
首輪をつけてたはずなのに、いなくなったと言うのです。
死んだかどうかも、確認できてないので、未明という状態。

車に轢かれてたりしたら大変ということで、おばさんたちに色々探してもらったのですが、とうとう見つからず。

最後は、発見もできず、お葬式もできすにお別れとなってしまったのです。


当時、私は23歳。
時代的にも、ペットのお葬式やお墓という発想が乏しい時代でした。
お葬式もお墓も供養もせずに何年も過ぎたのです。

その後、私がペットを飼うことは一切しませんでしたし、考えも持ちませんでした。
チャリーを飼ったことから学んだのか、自分に生き物は育てられない、育てる権利は無いと思いました。

友達が、犬を飼ったり、他のペットを飼ったりする話しを聞くと、その度に、チャリーを思いだしていました。
私は、チャリーに何もしてあげられなかったことを、その度に後悔するのです。


それから10年以上も時が経ち、私は結婚をしました。
娘を授かり、この私が、子育てをしているこの状況と環境に、未だ信じられない自分がいます。

犬の世話もできないこの私が、人間の子供を育てられるのか、という不安と懸念です。

案の定、子育ては大変でした。
思った通りの大変さです。

でも、その娘も5歳になった今、ようやく子育てが落ち着いて来たように感じます。
やっと慣れてきたのでしょうか。

そんな娘は動物が大好きで、最近では、ペットを飼いたいと言い出しました。
そこでまた私は、チャリーのことを思い出すのです。

「ペットは大変だから、無理だよ。」と言い聞かせました。

口が達者になってきた娘は、

「じゃ、私がペットになる。」と言って、犬や猫の真似をするようになりました。

保育園の行きと帰りは、自転車の私を指し置いて、その先を賢明に走ります。
まるで昔、チャリーを散歩していた時のように。

「なんだか、チャリーが娘に憑依してるんじゃないか..?」と時々感じることがあるのです。

そしてまた、チャリーのことを思い返してみる機会を持つようになりました。
そういえば、チャリーのお葬式もあげてなければ、供養もしていなかったことに、ようやく気付くのです。

「そうだ、チャリーの追悼供養をしてあげなくちゃ..。」

チャリーをかたちどるようなぬいぐるみは無いかと、直ぐにネットで探したところ、チャリーとそっくりなポストカードがありました。
これを、チャリーに見立てて、供養することにしました。

ポストカードに映る豆柴犬は、見れば見るほど、チャリーに似ています。

ポストカードが届いたその日に、さっそく写真立てにセットし、私の仕事場のデスクの上に置き、お水とバナナをお供えしました。


娘の保育園のお迎えの時間になったので、娘を迎えに行くと、普段は、ママチャリの椅子に座って帰るのですが、
その日から

「わたしは走って帰るから、ママは自転車で後から着いてきて。」と言うのです。

娘は5歳になって、メキメキと運動能力が成長してきています。
そんなに走りたいならと、娘に走らせて、私は後ろから追いかけるように自転車で着いて行きました。

またそこで、昔、自転車でチャリーを散歩に連れていったことを思い出すのです。

「あぁ、チャリーも元気だった頃は、自転車でも、先を行って走ってたなぁ。」って。

そして、自宅の敷地に入ったとたん、それまで走ってた娘が、今度は四つん這いになって歩き出したのです。

娘は人一倍動物好きで、普段でも動物のマネをして、四つん這いになることはあるのですが、
家の敷地に入った直後から四つん這いになるタイミングがすごく不思議でした。

その時感じました。

「あぁ、チャリーが娘に憑依してるんだな..。」って。

娘もなりきっているようで、とても嬉しそうです。

そして、「ママ、私をはじめてのペットだと思って飼ってね。」と言って来たのです。

驚いたというより、「あぁ、やっぱり。」という感じでした。

「名前はなんて言うの?」と聞くと、
「それは、ママが決めてよ。ママが飼ってるんだから。」となんかリアルなやり取りです。

「チャリーはどう?」と言うと、
「わんわん^^」ってとっても嬉しそうな顔をする娘。
前足まで上げて、チンチンするようなポーズをとっています。

家の玄関の扉の前に来ると、
「私がペットで、ママが●●ちゃんね。まだ子供だから飼うのが下手なの。」
って言うのです。

それって、まるで、私の子供の頃とチャリーの関係を言っているようです。

「飼うのが下手って。。w」

要するに、チャリーは当時の私に対して「飼うのが下手だなぁ~」って、思っていた、ということでしょう。w

笑ってしまいましたが、そう受け取ってくれるなら、私も罪の重さが少し軽くなると、少し微笑むことができました。

当時は、私も子供だったから、チャリーも大目にみてくれたのだと思います。
何か少し、チャリーと気持ちが通じた感じがしました。

ホッとしたと言うか「長い間、放っておいて申し訳なかったなぁ、早くに気付いてあげれば良かったなあ。」という思いです。


それにおいても、娘のペットになりきった発言も、憑依という何かを感じて発した言葉でしょうから、

「さすが、私の血を引いてるな^^」ということも思わせられた、ことでした。

そして、チャリーのお転婆だったところも、なかなか言うことを聞いてくれない性格も、娘とそっくりな気がします。


そして、過去のチャリーの学びから、私は一生、娘に対して、愛情を注げられる自信も着きました。

チャリーが一緒にここにいると思うと、娘のことが更に愛おしく感じる今日この頃。




チャリー、教えてくれて、本当にありがとね。
 

 

 

 

 


 

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